2010年5月27日木曜日

スチールウールの燃焼

激しく熱や光を出して物質が酸化することを「燃焼」といいます。

教科書を見ると,スチールウールを空気中で加熱すると赤っぽくなりながら反応し,加熱したスチールウールを集気びんなどに集めた酸素中に入れると,激しく燃焼するのが写真等からわかります。

さて,この2つの違いはわかりやすいのですが,大日本図書の教科書や学校図書の教科書に出ている,次の場合について疑問をもちました。

それは,空気中でガラス管を用いて空気を送りながらスチールウールを加熱するという実験です。
(学校図書の教科書では,呼気をガラス管から吹きかけるという操作)

さて,どのような反応を起こすのでしょうか。


どうしても気になったので,コンビニでスチールウールを買って帰り,自宅で実験してみました。


呼気を吹きかけずにガスコンロでスチールウールを加熱したときのようすが,次の写真です。





赤っぽくなりながら燃えているのがわかります。

もう少し,炎に近づけてみました。





そして,呼気をストローで吹きかけてみました。







シャッターをきるタイミングで雰囲気がだいぶ変わりますが,酸素中での燃焼までとはいえなくても,熱や光を出して燃焼しているといってもよいような反応は示しました。

(呼気の勢いで,熱で切れたスチールウールの小片が舞っているだけのようにも見えますが…。)

大日本図書の教科書では空気,学校図書の教科書では呼気でしたが,呼気も16%程度は酸素なので,空気とあまり変わらない結果になるでしょう。

ちなみに,撮影はこんな感じで行いました。参考までに。

「なぜ私は業者テストをやめさせたのか」

先週末,BOOKOFFを訪れて教育書関係の棚を物色していると,「なぜ私は業者テストをやめさせたのか」という書籍が目にとまりました。

著者は元埼玉県教育長の竹内克好氏です。

1993年3月30日発行なので,17年も前の書籍ですが,テスト等も制作している立ち場として,また,これから人の親になっていく身として,表紙に記された以下の文面にひかれて購入しました。


『とにかく親も問題だ。
 学校や偏差値まかせで子どもが幸せになるか。
 親の"下請けまかせ体質”をなくせば,かならず教育はよくなる。』


17年も前の書籍ですが,内容はかなり共感できるものばかりでした。


長時間通勤によって子どもとの時間が短くなるのは,教育上よくないと常日頃から感じています。

そうはいっても関東では,どうしてもベッドタウンでの生活にならざるを得ない状況におかれる人がほとんどで,みんな長時間通勤に耐えています。

編集という仕事も長時間労働になりやすい業種ですが,子どものことを思えば,ライフスタイルをいろいろと改めていかなければなと,考えさせられました。

また,教材を扱っている教材編集者が,教育の心をおろそかにしてはいけないと,改めて感じさせられました。

2010年5月25日火曜日

校正支援ツール

本日は,帰宅してから,ひたすらExcelとにらめっこをしています。

Excelでの作業といっても,Excelの機能を利用した仕事ではなく,ひたすらセルごとに区分けされたテキストデータを,チェックしては修正を加えるという作業です。

さて,膨大なテキストデータのチェックをしていると,表記のゆらぎや誤字脱字等を画面上でチェックしきれないことを感じます。

そんなとき,何か校正支援ツールはないかということで,本日はその話題です。


少し前から校正支援ツールとして話題になっているのは,JustSystemの「Just Right!」ではないでしょうか。

その Just Right! があれば楽なのですが,あいにく持ち合わせていません。

そこで,フリーのソフトウエアや校正支援サイトを活用して,チェックをかけてみました。


まず,Excelからテキストデータを引っぱり出し,Wordに貼り付けます。

すると,日本語としておかしいところなどが,波線で表示されますので,そこを修正します。

さらに,「Variant Detector」というフリーソフトを利用して,表記のゆらぎのチェックをし,修正を加えます。
http://www.forest.impress.co.jp/article/2007/07/25/okiniiri.html

そして最後に,「日本語文章校正ツール」というサイトでアラ探しをし,さらに修正です。
http://www.japaneseproofreader.com/

そんなに手間はかかりませんが,チェックをしてくれるだけで自動修正はしてくれませんので,その都度,一括置換等をかけての修正を行います。

人間の目だけのチェックでもミスを減らすことはできますが,なかなか完璧とはいきません。

特に,学年によって表記を変えているものをチェックしているときなど,人間ならときどき漢字の閉じ開きが混ざってしまうこともあります。

その点,ソフトウエアは間違えることはありませんので,安心できます。

ツールにすべてを任せるとかえってやりにくいこともありますが,人間がやるより作業が早く済むものは,粗ツールに任せるのも一つの手段だと思います。

2010年5月23日日曜日

新小学校教科書

5月に入り,平成23年度から使用される小学校教科書の見本本(展示本)を見る機会が増えてきました。

さて,その新教科書について,学校図書の話題がasahi.comで取り上げられていました。

「RPG見たいな小学校教科書 バンダイナムコが共同制作」
http://www.asahi.com/national/update/0522/TKY201005220135.html
とのことです。

この話題を見る前に,学校図書の「学年目標ツリーハウス」を見たとき,「こんな方法もあるのか…」と思いつつ,「ちょっとごちゃごちゃしすぎて,見にくいのでは…」と少し思いました。

しかし,バンダイナムコが制作という情報を聞くと,「子ども視点では,こういうもののほうが面白いのかな…」と少し思わされました。


個人的にはテレビゲームもそんなにやらずに大きくなったせいか,テレビゲーム世代の感覚が少し弱いのかもしれません。

いまだに,ファミコンのドクターマリオやスーパーファミコンのマリオカートが大好きでやっているくらいですから…。

教材制作は,使用する世代が,「先生・講師」と「児童・生徒」という,対極を見据えて企画する必要があります。

デジタル教材などが増えてくれば,現状以上に,「いま」の子どもたちがどんな感覚を持っているかということを読み取る力は,もっと必要になりそうな気がします。

制作側が年齢を重ねていっても,教材を使用する世代は変わりません。

そのため,そのときどきの子どもがどんな感覚を持っているかということへの制作側の意識の対応は,決して忘れてはいけないことだなと,この記事を読んで感じました。

2010年5月19日水曜日

形容詞+です

日々の仕事の中で,しばしば「とんでもありません」や「とんでもございません」を用いる人を見かけます。

そういう私も,恥ずかしながら使ってしまっております。

「とんでもない」は形容詞であり,「とんでもな・かろ」「とんでもな・く」・・・と活用します。

そのため,「とんでもありません」や「とんでもございません」は,ことばとしてはおかしいと思われます。


さて,それを意識して「とんでもないです」と丁寧語の「です」をつけて使用することもあるのですが,個人的に,この「形容詞+です」に違和感を覚えます。

微妙な感覚ではあるのですが,少々言葉としての美しさに欠ける感じがします。

とはいうものの,日常会話ではそんなことを意識して話していません。

しかし,紙面上で「形容詞+です」が出てくると,たいへん違和感を覚えながら,その文を眺めております。


調べてみると,この「形容詞+です」は,かつては間違った用法だったようです。
しかし,現在は正しい用法として,学校でも教えられているようです。

詳しくは,以下のサイトをご覧ください。
http://www.nhk.or.jp/a-room/kininaru/2004/11/1102.html

いずれにしましても,個人的には,教材紙面上ではなるべく「形容詞+です」を使用しない文章構成にしたいと考えてしまいます。

お花畑

中学理科ではほとんど使用されませんが,「お花畑」という用語があります。

「お花畑」とう言葉には,「花畑」という言葉の丁寧語という意味のほかに,高山などで,夏に高山植物が咲き乱れるところという意味もあります。

後者の意味を知らないと,「お」を取ってしまいがちになるので,どちらの意味で使用されているかを本文から理解し,使い分けをしなければなりません。

東部鉄道・西部鉄道

ある翻訳ものの本に,同音異義語の間違いがありました。

それは,「東部鉄道・西部鉄道」であるべきところが,「東武鉄道・西武鉄道」となっていました。

外国の話なので,日本の鉄道会社である東武鉄道と西武鉄道はおかしいですね。

このような見慣れた漢字,読みなれた漢字というのは,校正をしていても,意外とスルーしてしまいがちです。

理科教材では,「東部鉄道・西部鉄道」も「東武鉄道・西武鉄道」も出てくることはほとんどないと思いますが,このようなミスが起こりがちだということを,ちょっと意識しておくと,多少は役に立つかもしれません。

表現

理科では,「変化」を扱うことがよくあると思います。

この変化を問うときに,「どのように変化しましたか。」というような設問文を用いることがあると思いますが,この表現が少し気になります。

「どのように変化しましたか。」ですので,「変化している」ことが前提でなければならないと思うのは私だけでしょうか。

もし答えが,「変化しなかった。」となるような場合であれば,変化していないのですから,「変化しましたか」ではおかしいように感じます。

ちょっと理屈っぽいでしょうか。


個人的には,「どうなりましたか。」であれば,「変化しなかった。」と答えても,それほど違和感はないような気がします。


みなさんはどうされていますか。

2010年5月16日日曜日

きめこまやか?

テレビから,「きめこまやか」という声が聞こえてきました。


大辞林では,

『きめ【木目・〈肌理〉】(中略)3.物事をする際の心くばり。「―の細かい配慮」木目が細か・い
1.皮膚や物の表面がなめらかである。2.気配りが行き届いて丁寧であるさま。』

『きめこまか【木目細か・〈肌理〉細か】(中略)2.気くばりがこまやかなさま。丁寧で緻密なさま。「―な筆致」「―な対応」』

『こまやか【細やか・濃やか】1.情が深く心遣いが行き届いているさま。心のこもっているさま。「―な愛情を注ぐ」「―な心遣い」(以降略)』

となっています。

この解説を読む限り,木目・肌理は「細かい」「粗い」ものであり,「こまやか」なものではないと思われます。

日本語は難しく,私も断定できるほどの知識はありませんが,「きめこまやか」は間違いで,「きめこまか」が正しい使い方だと思います。

~たり~たり

動作や状態が繰り返されるときの表現をするとき,「歌ったり踊ったり」というように,「~たり~たり」と「たり」を繰り返すことで表現されます。

しかし,「歌ったり踊った」というように,「たり」を省略して表現してしまう人が多いようです。

辞書でも「~たり~たり」というように表現を繰り返して用いるというようなことを記していますので,正しい日本語は,「~たり~たり」でしょう。

編集の仕事を始めた頃から今に至るまで,今でも出回っている教材の中で,この間違いを多く見かけます。

文が長くなりすぎるのを嫌うために,2つ目の「たり」を削除してしまうのかもしれませんが,日本語として間違っているようなので,正しい日本語を用いなければなりません。


ネット上でも同じ疑問を持つ人がいないかと検索してみたところ,NHK文化研究所のサイトでも解説が載っていたので,ご紹介します。

http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/kotoba_qq_06020601.html

正しい日本語を使用するというのも,なかなか難しいものです。

金星と月

本日は自宅にて仕事をしていました。

夕方5時過ぎまで仕事をし,そのあと食事に出かけました。

19時頃帰ってくると,西の空に三日月と金星が並んでいるのが見えました。

これはチャンスと急いで部屋に戻りカメラを手にし,それを写真に収めました。



また,その1時間後にも,もう一度写真に収めておきました。



このような天体上の特別な日が,休日と重なることはなかなかありません。

今日は仕事を持ち帰っていたために外出もせずに自宅にて仕事をしていたため,運良くこのような写真を撮ることができました。

植物の写真もそうですが,自然現象を写真に収めるのは,タイミングを逃すと何日,何週間,何か月,何年,…というように,しばらく写真に収めることができなくなります。

今日は本当に,運の良い日でした。

トホシテントウ

本日は仕事でした。

といっても,出社したわけではなく,ある会議のための外出でした。

その会議も午後3時過ぎには終わったので,そのまま帰るのがもったいなくなりました。

そこで,外出先からの帰り道に代々木公園があったのに気づき,原宿駅で途中下車し,1時間半ほど代々木公園に寄りました。

わたしの趣味のひとつに,動植物の写真を撮影して,帰宅後その動植物の名前を調べるというのがあります。

なかなかすべての動植物の名前を同定するのは難しいのですが,わからないなりに調べている時間が楽しいものです。

特に春になると,足元にいろいろと花が咲いているのがよく目に入るようになるので,わくわくしてきます。


さて,花というのは季節ものでもあるので,いつでも写真に残せるというものではありません。

そこで,最近はカメラを持ち歩いていることが多いのですが,今日も運良くカメラを持ち歩いていたので,写真に残したい動植物はないかと,下を見ながら公園を歩き,良い対象を見つけたら,しゃがんで写真撮影をしました。

しかし,スーツ姿でしゃがみこんで写真を撮っている姿は,傍から見たらかなり怪しい人だったかもしれません。


撮った写真の中で,ちょっと公開したくなったのが,トホシテントウです。

全国的に一般的なのかどうなのかわかりませんが,わたしとしてはかなり珍しいテントウムシのなかまです。





このトホシテントウはハルジオンにとまっていました。

この時期ハルジオンはあちこちに見られるので特に珍しくもないのですが,何となく気持ちが引き寄せられたハルジオンをみると,この写真のトホシテントウがいました。

うれしくなって10分近く写真を撮ったり眺めたりしていました。


このような動植物の写真もかなりたまってきたので,また別のブログで公開したいなと,最近考えております。

2010年5月13日木曜日

「ら」抜き言葉と「い」抜き言葉

会話等の口語でよく使用されている「ら」抜き言葉や「い」抜き言葉を,教材等で使用するのはご法度です。

教材制作に携わっている人は当たり前のように分かっていることだとは思います。


しかし,教材以外の書籍や雑誌における「ら」抜き言葉や「い」抜き言葉の多様が最近目立つようになった気がします。

また,広告や商品パッケージなどでも,最近,気になるほどに「ら」抜き言葉や「い」抜き言葉を見かけます。

「ら」抜き言葉や「い」抜き言葉がここまで氾濫していると,教材制作をしている私も,ときどき自分が間違っていたのかな・・・と感じてしまいます。

まわりに流されず,正しい言葉を使っていきたいものです。

2010年5月9日日曜日

外国人名の表記

中学までの教材ではあまり気にすることはありませんが,高校以上の教材になると,法則等を発見した研究者の名前をカタカナで表記することが多くあります。

そんなとき,どのようなルールでカタカナ表記をしたらよいのでしょうか。

今回は,特に個人的に気になっている,姓と名の間の「・」について取り上げたいと思います。


たとえば,中学で出てくる「メンデル」ですが,オーストリア生まれで,本名を「Gregor Johann Mendel」と表記します。

ちなみに,「Gregor」は修道名,「Johann」は名,「Mendel」は姓だと思われます。
(間違っていたらすみません)

これをカタカナ表記すると,多くの場合,「グレゴール・ヨハン・メンデル」となります。

現地の表記では「・」を入れていないのに,なぜカタカナ表記をすると「・」を入れるのでしょうか。

「グレゴール ヨハン メンデル」だと読みにくいからだと思われますが,日本人名の場合は「湯川秀樹」のように,姓と名の間を空けることはありませんし,もちろん「・」を入れることもありません。

そうなると,日本人名と同じように間を空けることもせずに,「グレゴールヨハンメンデル」もよいような気もしますが,やはり少々読みにくいです。

実際,教科書や教材等を見ていると,各社のルールがあるようで,取り上げた上記の例はすべてどこかしらで用いられているようです。

個人的には間を空ける形が原型に最も近いので好きなのですが,和文に欧文スペースを用いても,少々狭すぎて空きが目立たないので,2分アキくらいがちょうどよいかなと思っております。

ちなみに,空きを全角アキにしているところもありますし,「・」を半角送りにしているところもあるかもしれません。

どれが正しいというものではないと思いますが,少し気にして見てみると面白いと思います。

2010年5月7日金曜日

セロハンテープとステープラー

教材に限らず,セロハンテープとステープラーが紙面上に出てくることはあると思います。

このセロハンテープとステープラーという表記ですが,注意が必要です。

日常会話では,セロハンテープのことを「セロテープ」ということがあると思います。

この「セロテープ」という表記は,ニチバン株式会社の商標です。

そのため,教材上では「セロハンテープ」と表記する必要があります。

では,ステープラーはどうでしょうか。

人によってはあまり聞きなれない名称かもしれませんが,ホッチキスのことです。

ここで取り上げたので「ホッチキス」が商標かと思われるかもしれませんが,現在,文房具分野での商標は失効しているようです。

そのため,「ホッチキス」と用いてもよいのですが,英語での一般名称がステープラーであるため,教材では「ステープラー」を用いたほうがよいでしょう。

なお,JIS企画上での表記は「ステープラ」と,最後の音引きはつけないようです。

2010年5月5日水曜日

共存

昨晩,『生物多様性スペシャル 最後のいっぴき物語』という番組を見ました。

絶滅のおそれのある野生動物の種の保存について,理科教材編集者として何かできることはないかと,少し考えさせられました。


さて,その番組を見ていて耳に入った言葉に,「共存」がありました。

これは,「きょうそん」と読みます。

意外と「きょうぞん」と読んでいる人が多いのではないでしょうか。

日常生活では「きょうぞん」と読んでも許容とされているので,ルビ等で「きょうぞん」と振られていても気づかずにいってしまいがちですが,正しくは「きょうそん」です。

このように,日常生活では許容としてしまう読みが多々あります。

そのようなものは,普段から意識して読むように心がけるとよいかと思います。